大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)1596号 判決 1966年7月04日
原告 中野久雄
右訴訟代理人弁護士 井関和彦
同 鏑木圭介
右訴訟復代理人弁護士 徳永豪男
被告 株式会社大久遠商会
右代表者代表取締役 布江庄三郎
右訴訟代理人弁護士 山本雅造
主文
被告は原告に対し金二四万円およびこれに対する昭和三九年二月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用を四分し、その一を原告の負担とし、その三を被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴部分に限り原告が金六万円の保証を供するときは、かりに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金三四万円およびこれに対する昭和三九年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、被告は、訴外乾政夫に対し昭和三八年九月二三日金一二五、〇〇〇円を、同日以降完済まで毎日一、二五〇円づつ弁済する約定で貸与し(以下これを第一回借入れまたは貸付けという。)、同日利息二五、〇〇〇円を天引きして、金一〇万円を乾に交付した。原告は同日被告との間で、乾の被告に対する右債務につき連帯保証契約を締結し、公正証書を作成するのに必要な原告の白紙委任状および印鑑証明書各二通を被告に交付した。
二、原告の被告に対する右連帯保証債務は次の事情で消滅した。すなわち、乾は昭和三八年一二月九日再び被告から金一二五、〇〇〇円を同日以降完済まで毎日一、二五〇円づつ弁済する約定で借受け(以下これを第二回借入れまたは貸付けという。)、同日利息二五、〇〇〇円および第一回借入れ金の残債務二八、七五〇円を天引きされて、金七一、二五〇円の交付を受けた。したがって、乾の被告に対する第一回借入れ金債務は完済され、原告の右連帯保証債務も消滅した。
三、ところが、乾が昭和三九年一月一〇日以降の第二回借入れ金債務の弁済をしないので、被告は、第一回貸付けの際原告から交付を受けていた白紙委任状および印鑑証明書を冒用し、原告に無断で訴外岡田増美を原告の代理人として、昭和三九年一月二二日京都地方法務局所属公証人大野一雄をして、乾の被告に対する第二回借入れ金債務のうち金七五、〇〇〇円につき、原告を連帯債務者とする債務承認履行契約公正証書を偽造させた。
四、被告は、右公正証書にもとづき大阪地方裁判所所属執行吏田淵博に原告に対する強制執行を委任したので、同執行吏は昭和三九年二月一〇日原告所有の別紙目録記載の物件を差押え、同月一八日これを競売した。そして、被告が右物件を競落した。
五、右物件はいずれも原告の日常生活に欠かせない家財道具であるので、原告はやむなく同月一九日被告に対し金七万円を提供して右競落物件の買戻しを申し入れたところ、被告は右七万円のうち金四四、〇〇〇円を乾の第二回借入れ金の残債務の弁済に充当し、金二六、〇〇〇円を別紙目録一ないし一三の物件の買戻代金とする。もしこれを承諾しないならば競落物件を原告の家から搬出すると強迫した。原告は、家庭生活を営む必要上やむをえずこれに同意して現金七万円を交付し、別紙目録一ないし一三の物件を買戻した。
六、さらに被告は同日原告に対し、別紙目録一四ないし三四の物件を同月末までに金一二万円で買戻すよう要求したので、原告は右物件につき被告を相手方として大阪簡易裁判所に現状維持の仮処分決定の申請をし、同月二八日仮処分決定を受けた。しかし同日被告は、右決定書送達前に右物件を原告の家から運び去ろうとしたので、原告は右物件を被告の要求額で買戻さざるをえなくなり、やむなく被告に対し金一二万円を支払ってこれを買戻した。
七、以上のように、原告は、被告の公正証書偽造とこれにもとづく違法な強制執行ならびに強迫等の不法行為により、合計金一九万円の不要の支出を余儀なくされ、同額の損害をこうむり、同時に被告の右違法な強制執行により善良なサラリーマンとしての社会的名誉を著しく傷つけられ、更にそれに続く強迫行為により大きい精神的ショックを受けた。これらの精神的苦痛に対する慰謝料としては金一五万円が相当である。
よって原告は被告に対し、右財産上の損害一九万円と精神上の損害一五万円、合計金三四万円およびこれに対する最終の損害発生日である昭和三九年二月二八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、認否および主張として、次のとおり述べた。
一、請求原因一の事実は認める。ただし天引きした利息は一八、七五〇円であり、現実に交付した金額は一〇六、二五〇円である。同二の事実のうち、被告が乾に第二回貸付けをしたこと、利息および第一回貸付け金の残債務を天引きしたことは認めるが、その他の事実は否認する。右貸付けも利息は一八、七五〇円で、右利息と乾に対する第一回貸付け金の残債務三二、五〇〇円を差引いて、七三、七五〇円を乾に交付した。同三の事実のうち、原告の白紙委任状および印鑑証明書を使用して乾の第二回借入れ債務につき原告を連帯債務者とする公正証書を作成したことは認めるが、その他の事実は否認する。同四の事実は認める。同五の事実中強迫の点は否認し、その他は認める。同六、七の事実は否認する。
二、被告は乾に対し、昭和三八年一二月九日原告ほか二名を連帯債務者として、金一二五、〇〇〇円を第一回貸付けと同じ返済方法の約定で貸付けたものである。
昭和二九年一月初めごろ、乾は被告に対し、右第二回借入れ債務の日掛支払いの猶予を求めてきたので、被告は、同月一七日原告から、さきに交付を受けていた原告の白紙委任状および印鑑証明書を使用して右債務につき公正証書を作成することを承諾する旨記載した念書二通の交付を受け、乾の債務弁済を同月二一日まで猶予した。ところが乾は右猶予期間を徒過したので、被告は原告の右委任状および印鑑証明書を使用して右債務につき公正証書を作成した。したがって、公正証書は偽造ではなく、これにもとづく強制執行は適法である。
三、被告は、昭和三九年二月一九日原告から金七万円で競落物件の買戻しを求められたので、第二回貸付金の残額債務の弁済として金四四、〇〇〇円を、競落物件のうち別紙目録一ないし一三の物件の売買代金として金二六、〇〇〇円を受領し、右目録一四ないし三四の物件については同月末日までに原告において買戻しをするというので、原告をして右物件の保管書を交付させた。ところが、その後被告は、原告が物件を隠とくするおそれを察知したので、同月二八日右物件を原告の家から搬出しようとしたところ、原告は、被告の要求する代金額一二万円で買戻しを申込んだ。そこで被告はこれを承諾し、右代金の交付を受けて別紙目録一四ないし三四の物件を原告に売渡した。
以上のように、別紙目録記載物件の買戻しは原被告間の任意の合意によるものであるから、原告の請求は失当である。
証拠≪省略≫
理由
一、被告が、昭和三八年九月二三日乾に対し金一二五、〇〇〇円を、同日以降完済まで毎日一、二五〇円づつ弁済する約定で貸与し、同日利息を天引きして残金を乾に交付したこと、原告が同日被告との間で、乾の被告に対する右債務につき連帯保証契約を締結し、公正証書を作成するのに必要な原告の白紙委任状および印鑑証明書各二通を被告に交付したこと、被告が同年一二月九日再び乾に金一二五、〇〇〇円を前同様の弁済方法の約定で貸与し、同日利息と、第一回貸付け金債権の未弁済残額に相当する金額を差引いて残金を乾に交付したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。各天引利息の額と、第二回貸付けの際被告が差引いた第一回貸付け金債権の未弁済残額の金額とについて、当事者間に争いがあるが、この点は本件の判断に関係がないからこれを確定する必要がない。
右事実によれば、乾は、第二回借入れに際して第一回借入れ債務を完済し、その結果原告の右第一回借入れ債務についての連帯保証債務も消滅したものである。
二、被告が、昭和三九年一月二二日乾に対する第二回貸付け金債権につき、原告から交付を受けた前記原告の白紙委任状および印鑑証明書を使用し京都地方法務局所属公証人大野一雄に依頼して、原告を連帯債務者とする公正証書を作成したことは、当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によると、次の事実を認めることができる。
乾の第一回借入れに際し、原告は乾のために連帯保証人になることを承諾し、昭和三八年九月二三日被告方で契約を締結し、右債務につき公正証書を作成するための原告の白紙委任状と印鑑証明書各二通を被告に交付するとともに一二五、〇〇〇円を七五、〇〇〇円と五万円の二口にわけた連帯借用証書二通(≪証拠省略≫)およびそれに対応する「右債務の返済期限の猶予を受けた場合には右白紙委任状および印鑑証明書を使用して公正証書を作成されたい」旨を記載した念書二通(≪証拠省略≫)に署名押印した。その際右連帯借用証書の第一条弁済方法の不動文字以外の部分および末尾の作成日付、念書の借用日付、返済方法の項および末尾の作成日付をいずれも白地としたままで、これらを被告に交付した。
乾は、その後約定にしたがい毎日一、二五〇円づつを被告に弁済していたが、同年一二月九日第一回借入れ債務がまだ完済されていない段階で被告に対し再度借入れを申込んだところ、被告の係員は、日掛領収証と乾の実印を持参すれば貸す旨答えた。そこで乾は、同日被告方におもむき保証人等を付けず単独で被告から一二五、〇〇〇円を借受け、この金額から利息と第一回借入れ債務の未払分に相当する金額を差引いた残額の交付を受けた。
ところが、乾が昭和三九年一月一七日以降の右第二回借入れ債務の日掛弁済を怠ったので、被告は、第一回貸付けの際原告らから交付を受けた前記連帯借用証書および念書各二通の前記白地部分に、第二回貸付けに合致するような日付、弁済方法等を記入し、原告に無断で前記原告の白紙委任状、印鑑証明書を用いて公証人をして乾の第二回借入れ債務につき原告を連帯債務者とする公正証書を作成させた。
以上の事実を認めることができる。≪証拠の認否省略≫
右事実によれば、被告は、第二回貸付けについては原告との間に何らの契約もなく、かつ第一回貸付け債権は全額回収ずみであり、したがって原告の連帯保証債務も消滅したことを知りながら、故意に原告が第一回借入れ債務のために交付した前記白紙委任状等を冒用して、第二回貸付けに関する公正証書を作成したものと認めることができる。
三、被告が右公正証書にもとづいて原告に対する強制執行を田淵執行吏に委任し、同執行吏が昭和三九年二月一〇日原告所有の別紙目録記載の物件を差押え、同月一八日これを競売に付し、被告が右物件全部を競落したことは、当事者間に争いがない。
前項に認定した事実によれば、右強制執行は、被告が原告の被告に対する債務がないことを知りながら、あえて執行吏に委任してなした不当執行であると認められ、被告は不法行為の責を免れることができない。
四、原告が別紙目録記載の物件を買戻すため、昭和三九年二月一九日と同月二八日の二回にわたり、合計金一九万円を被告に交付したことは、当事者間に争いがない。
原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。別紙目録記載の物件はいずれも原告の日常生活に必要な品であったので、原告は同月一九日被告に金七万円を提供して、その買戻しを求めた(≪証拠省略≫によると、別紙目録記載物件の競落代金は三九、四〇〇円であることが認められる。)。これに対し、被告は右七万円のうち四四、〇〇〇円は乾の被告に対する第二回借入れ債務の残額の弁済に充当し、残りの二六、〇〇〇円は別紙目録一ないし一三の物件の買戻代金にしか相当しないと主張し、これに応じなければ競落物件を引上げるといったので、原告はやむなくこれに応じ、取りあえず右一ないし一三の物件を買戻した。次いで原告が別紙目録記載一四ないし三四の物件につき被告を相手方として処分禁止等の仮処分を申請したところ、被告はこれを察知し、右仮処分決定が出された同月二八日の早朝被告の従業員を原告方に行かせ、右仮処分決定が当事者に送達される前に前記物件を原告の家から運び出してトラックに積込み、もし買戻したければその買戻し代金は一二万円であると主張した。原告は自己の生活を守るため、やむなく被告の右申出に応じ、金一二万円を被告に交付して前記物件全部を買戻した。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実及び前記認定事実によると、原告が支出した右一九万円は、別紙目録記載の物件を買戻す必要にせまられてやむなく支出したものであって、被告の不当執行がなければ支出の必要がなかったものであり、かつ右不当執行と相当因果関係を有する支出と認められるから、原告は、被告の不当執行により金一九万円の損害をこうむったものというべきである。
五、原告本人尋問の結果によると、原告は南海電鉄に勤務するサラリーマンであり、富田林市のいなかである肩書住所に出生以来居住しているものであるが、被告の不当執行により生活の平穏を乱され、社会的名誉感情を害されるとともに、前記のような状況のもとに競落物件を買戻すため多大の心労を費やし、かつ無念の情やるかたなかったことが認められる。原告のこうむったこれらの精神的苦痛を慰謝するためこれを金銭に見積るとすれば、金五万円が相当であると認める。
六、よって被告は原告に対し、被告の不当執行によって原告がこうむった損害の賠償として金二四万円およびこれに対する原告の最終損害発生日である昭和三九年二月二八日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべく、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余の請求は失当であるから棄却することとし、民訴九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋欣一)